マルキ・ド・ピュイゼギュール

Marquis de Puységur

ピュイゼギュールは催眠術を研究し、「夢遊病」を意味する用語“ソムナンバリズム”を造語しました。

アマン·マリー·ジャック·ド·シャストネ、侯爵マルキ・ド・ピュイゼギュール(1751-1825)は、フランスの貴族の中で最も輝かしい貴族です。彼は今では催眠術の前科学的な創始者の一人、ー動物磁気、またはメスメリズム-の分岐とされています。

ピュイゼギュールは兄のアントワーヌ·ティアサントから催眠術を学びました。彼の最初の、そして最も重要な患者の1人は、ビクターレース、ピュイゼギュール家の雇用していた23歳の農民でした。レースはピュイゼギュールにより、容易に「磁化」されましたが、彼女はそれまでのメスメリズムの初期の歴史には見られなかった、トランス睡眠という奇妙な状態に入りました。

ピュイゼギュールはトランス睡眠と自然な夢遊病との類似性を指摘し、後にこれを人工的夢遊病と名づけました。今日この状態は、ジェームズ·ブレイドによってかなり後(1984年)に作られた「催眠」という語がこれに似た状態だと言うことができます。ピュイゼギュールの人工的夢遊病の特徴は、彼の方法論と密接に結びついています。

彼はたちまち非常に成功した磁気学者となりました。彼に会いに人々がフランス各地から来るようになり、1785年には現地のフリーメーソンに動物磁気のコースを教えました。

動物磁気の教義は、二つの言葉に全て含まれています。それは、「信じ、そして欲せよ」です。

動物磁気の訓練のために彼が設立した機関、ソシエテハーモニック研究所は、1789年の革命まで急速に拡大しました。

革命時代に、同研究所は解散し、ピュイゼギュールは2年間刑務所で過ごしました。

ナポレオンの登場後、新しいメスメリスト(後の時代の催眠術師)たちは、ピュイゼギュールを彼らのリーダーとして崇め、メスメルのオリジナルの方法論を採用せず、トランス睡眠を誘導する彼の方法を受け入れるようになりました。しかし、ピュイゼギュールは、彼自身のことを常にメスメルの忠実な弟子と考えてたので、現在は催眠誘導として知られている手順を発明した主張することは決してありませんでした。

彼の貢献は徐々に忘れ去られましたが、1884年にノーベル賞受賞者チャールズ·リシェが彼の作品を再発見し、磁気と催眠療法の分野で他の人が自身の発見のように主張していたものの大部分が、もともとピュイゼギュールの手によるものであったことを示しました。

精神分析と心理療法の歴史家であるアンリ·エレンバーガーは、「ピュイゼギュールは心理科学の歴史に大きく影響を与えた最も忘れ去られた貢献者の一人である。」 であると著書の中で書きました。

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